興福寺の見どころ 20選

奈良公園の入口に位置し観光にも便利な興福寺は、中世から近代にかけて戦乱、火災、廃仏運動等で多くの建築や美術を失ったものの、未だに白鳳時代から鎌倉・室町時代に至る幅広い年代の仏教美術の宝庫です。

興福寺の建築、仏像、その他美術品の中から特に見どころと思われる20件をまとめました。

1. 東金堂

室町時代(1415年)、国宝

興福寺に3つ存在した金堂(中金堂、東金堂、中金堂)のうち、現在も残る唯一の金堂。室町時代の再建建築だが、天平建築の様式を継承している。堂内には薬師三尊像、四天王立像、十二神将立像等の仏像が安置されている。

東金堂
東金堂

2. 東金堂 薬師三尊像

薬師如来坐像:室町時代(1415年)、日光・月光菩薩立像:白凰~奈良時代、重文

東金堂の本尊の薬師如来坐像と、脇侍の2体の菩薩像。本尊の薬師如来坐像は、室町時代の東金堂再建時の制作。

東金堂 薬師三尊像
東金堂 薬師三尊像

3. 東金堂 維摩居士坐像

鎌倉時代(1196年)、国宝

東金堂の本尊薬師如来像の左前に配置されている、釈迦の弟子維摩居士の像。定慶作。

東金堂 維摩居士坐像
東金堂 維摩居士坐像

4. 東金堂 文殊菩薩坐像

鎌倉時代(1196年頃)、国宝

東金堂の本尊薬師如来像の右前に配置されている、文殊菩薩像。

5. 東金堂 四天王立像

平安時代、国宝

東金堂の須弥壇の四方に配置されている四天王像。

東金堂 四天王像 広目天
東金堂 四天王像 広目天

6. 東金堂 十二神将立像

1207年(鎌倉時代)、国宝

東金堂の本尊薬師如来像の周囲に配置されている、十二神将像。

東金堂 十二神将立像 真達羅像
東金堂 十二神将立像 真達羅像

7. 旧東金堂本尊(仏頭)

飛鳥時代(685年)、国宝

鎌倉時代に、飛鳥の山田寺から興福寺東金堂へ本尊として持ち込まれた白鳳仏。その後東金堂の火災により体部が消失し、頭部のみが残存している。国宝館で展示。

興福寺 旧東金堂本尊(仏頭)
興福寺 旧東金堂本尊(仏頭)

8. 板彫十二神将像

平安時代、国宝

板彫の十二神将像。かつては東金堂本尊の台座に貼り付けられていたと考えられる。国宝館で展示。

板彫十二神将像のうち伐折羅像、迷企羅像
板彫十二神将像のうち伐折羅像(左)、迷企羅像

9. 八部衆立像

奈良時代(734年)、国宝

阿修羅像、沙羯羅像、迦楼羅像等で構成される計8体の従者像。特に阿修羅像は造形の独創性が高い。かつては西金堂(現在は失われている)に本尊の眷属として設置されていた。国宝館で展示。

八部衆立像のうち阿修羅像
八部衆立像のうち阿修羅像

10. 十大弟子立像

奈良時代(734年)、国宝

釈迦の十人の弟子像で、現在はうち富楼那像、迦旃延像等の6体が興福寺に残っている。かつては西金堂(現在は失われている)に本尊の眷属として設置されていた。国宝館で展示。

十大弟子立像のうち富楼那像
十大弟子立像のうち富楼那像

11. 金剛力士立像

鎌倉時代(13世紀初め)、国宝

元は西金堂に設置されていた2体1組の金剛力士像で、東大寺南大門の金剛力士像と並んで鎌倉時代を代表する金剛力士像のひとつ。国宝館で展示。

金剛力士立像 阿形像
金剛力士立像 阿形像

12. 天燈鬼・龍燈鬼立像

鎌倉時代(1215年頃)、国宝

灯籠を持つ2体1組の鬼像。かつて西金堂に設置されていた。国宝館で展示。

龍燈鬼立像
龍燈鬼立像

13. 五重塔

室町時代(1426年)、国宝

東金堂の隣に立つ五重塔で、室町時代の再建建築。東寺の五重塔に次いで日本で2番目の高さ(50m)の木造塔。

五重塔
五重塔

14. 北円堂

鎌倉時代(1210年)、国宝

興福寺の敷地西部に位置する、八角形の小規模な堂宇。鎌倉時代の再建建築で、堂内には運慶一門作の弥勒如来坐像、無著菩薩・世親菩薩立像等が安置されている。普段内部は非公開で、例年春と秋に各2週間程度特別公開される。

北円堂
北円堂

15. 北円堂 弥勒如来坐像

鎌倉時代(1212年)、国宝

北円堂の本尊で、運慶晩年の作。鎌倉時代の再建期に、同堂の無著・世親菩薩立像等と同時に制作されたと推定される。通常非公開で、例年春と秋に各2週間程度特別公開される。

北円堂 弥勒如来坐像
北円堂 弥勒如来坐像

16. 北円堂 無著・世親菩薩立像

鎌倉時代(1212年)、国宝

北円堂の本尊弥勒如来坐像の脇に設置されている、古代インドの兄弟の学僧、無著と世親の像。運慶晩年の作。通常非公開で、例年春と秋に各2週間程度特別公開される。

北円堂 無著菩薩像
北円堂 無著菩薩像

17. 南円堂 不空羂索観音菩薩坐像

鎌倉時代(1189年)、国宝

興福寺の敷地西部に位置する、南円堂の本尊。平重衡の南都焼討(1181年)で創建以来の南円堂と本尊が焼失した後、康慶一門によって再興された。普段は非公開で、毎年原則10月17日のみ公開される。

南円堂 不空羂索観音菩薩坐像
南円堂 不空羂索観音菩薩坐像

18. 南円堂 法相六祖坐像

鎌倉時代(1189年)、国宝

南円堂に安置されている、奈良時代から平安時代初めに奈良で活躍した法相宗の高僧6人の像。康慶一門作。普段は非公開で、毎年原則10月17日のみ公開される。

南円堂 法相六祖坐像 伝玄昉像
南円堂 法相六祖坐像 伝玄昉像

19. 南円堂 四天王立像

鎌倉時代(1212年頃)、国宝

南円堂の本尊 不空羂索観音菩薩坐像の周囲に配置されている四天王像。近年の研究で、元来北円堂の弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像と共に運慶一門によって制作された四天王像で、後代に南円堂に移されてきた像との説が有力になっている。普段は非公開で、毎年原則10月17日のみ公開される。

南円堂 四天王立像 多聞天
南円堂 四天王立像 多聞天

20. 三重塔

鎌倉時代前期、国宝

興福寺の敷地の南西隅に位置する三重塔。元来の塔は平安時代(1143年)に建てられたがその後焼失し、鎌倉時代に現在の塔が
再建された。

三重塔
三重塔


[参考]
浅井和春『日本美術全集 第3巻 奈良時代Ⅱ 東大寺・正倉院と興福寺』
小学館、2013年
山本勉『日本美術全集 第7巻 鎌倉・南北朝時代Ⅰ 運慶・快慶と中世寺院』小学館、2013年

東大寺の見どころ 18選

奈良市の中心街の東部、若草山の麓に位置し、奈良を代表する観光地である東大寺は、通常大仏や鹿のイメージで思い描かれがちですが、それ以外にも天平美術をはじめとする仏教美術の傑作が多数所蔵されており、美術面での見どころも豊富です。

東大寺の数多い建築、仏像、美術品の中から、特に見どころと思われる18件をまとめました。

1. 南大門

鎌倉時代(1199年)、国宝

東大寺の南側入口に位置する門。創建は奈良時代だが、現在残っている門は平重衡の南都焼討後に再建されたもの。宋代の建築様式に倣ったいわゆる大仏様建築の代表的な作例で、門内には運慶、快慶等制作の金剛力士像が設置されている。

南大門
南大門

2. 南大門 金剛力士像

鎌倉時代(1203年)、国宝

南大門の内側左右に設置されている2体の力士像(阿形像、吽形像)。鎌倉時代の仏師4人(運慶、快慶、定覚、湛慶)の合作で、像の造形は宋代の図版を手本にしたと推定される。像高8mを超える巨大像。

南大門 金剛力士像 阿形像
南大門 金剛力士像 阿形像

3. 大仏殿

江戸時代(1691年)、国宝

東大寺の中心に位置する建物で、内部には有名な盧舎那仏坐像(大仏)が鎮座する。現存する建物は江戸時代の再建。

大仏殿
大仏殿

4. 盧舎那仏坐像

奈良時代(752年)、体部補作 鎌倉時代(1185年)、頭部補作 江戸時代(1692年)、国宝

いわゆる「大仏」。
体部は南都焼討での焼損後、頭部は三好・松永の兵乱(1567年)での焼損後にそれぞれ補作されたもので、造立当初の奈良時代から残っているのは、体部のごく一部と台座の一部のみ。台座の蓮弁には、天平期の装飾が比較的良い状態で残っている。

盧舎那仏像 (大仏)
盧舎那仏像 (大仏)

5. 金銅八角燈籠

奈良時代(8世紀中頃)、国宝

東大寺大仏殿前に位置する八角形の灯籠。側面には菩薩像をかたどった優れた装飾板が施されており、東大寺ミュージアムでその原物が展示されている。燈籠本体には、現在レプリカの装飾板が入れられている。

金銅八角燈籠 羽目板
金銅八角燈籠 羽目板

6. 法華堂

正堂 奈良時代(8世紀) 礼堂 鎌倉時代(12世紀)、国宝

東大寺の敷地東部の丘状地帯(上院地区)に位置する仏堂で、奈良時代建造の正堂と鎌倉時代建造の礼堂が接合された複合建築。正堂は、東大寺に残る数少ない創建当初からの建築。堂内には、不空羂索観音、執金剛力士立像等、天平仏の傑作が安置されている。

東大寺 法華堂
東大寺 法華堂

7. 法華堂 不空羂索観音立像

奈良時代(8世紀)、国宝

法華堂の本尊で、東大寺を代表する仏像の1体。像高360cm余の巨像で、頭上には宝冠が載せられ、8本の腕を有する。東大寺の前身寺院の金鐘山房時代の制作(730年頃)と推定される。

法華堂 不空羂索観音
法華堂 不空羂索観音

8. 法華堂 梵天像、帝釈天像

奈良時代(8世紀)、国宝

法華堂の不空羂索観音の左右に設置されている脱活乾漆造の巨像(像高4m前後)。不空羂索観音に少し遅れた742年頃、以下の四天王像、金剛力士像と同時に制作されたと推定される。

9. 法華堂 四天王像

奈良時代(8世紀中頃)、国宝

法華堂の須弥壇の四隅に設置されている四天王像。

法華堂 四天王像 広目天
法華堂 四天王像 広目天

10. 法華堂 金剛力士像

奈良時代(8世紀中頃)、国宝

法華堂の不空羂索観音の前面左右に設置されている金剛力士像。

法華堂 金剛力士像 阿形像
法華堂 金剛力士像 阿形像

11. 法華堂 執金剛力士立像

奈良時代(8世紀)、国宝

法華堂の北面に設置されている秘仏で、東大寺を代表する仏像の1体。本尊の不空羂索観音と同時期の制作と推定される。通常は非公開で、毎年12月16日に開扉される。

法華堂 執金剛神立像
法華堂 執金剛神立像

12. 伝日光菩薩像、伝月光菩薩像

奈良時代(8世紀)、国宝

以前法華堂不空羂索観音の両脇に配置されていた2体の菩薩像で、東大寺を代表する仏像の1組。本尊の不空羂索観音と同時期の制作と推定される。日光菩薩、月光菩薩という像名は本来のものではなく、元々はそれぞれ梵天、帝釈天だったと推定される。法華堂の大規模修理(2010年~2013年)後は、東大寺ミュージアムに移して展示されている。

伝月光菩薩立像
伝月光菩薩立像

13. 二月堂

江戸時代、国宝

上院地区の法華堂の隣に位置する堂で、江戸時代の再建建築。毎年3月には、火の着いた松明を舞台上から振り回す所作で有名な修二会(お水取り)が行われる。

二月堂
二月堂

14. 戒壇院 四天王立像

奈良時代(8世紀)、国宝

東大寺の敷地の西端に位置する戒壇院に安置されている四天王像で、東大寺を代表する仏像の1組。
法華堂の大規模修理(2010年~2013年)の際、同堂内にこの四天王像の台座の痕跡が見つかり、元来は法華堂に設置されていた像と判明した。法華堂創建時には、同堂内で、不空羂索観音、伝日光菩薩・伝月光菩薩等と共に一組の仏像群を形成していたと推定される。

戒壇院 四天王像 増長天
戒壇院 四天王像 増長天

15. 転害門

奈良時代(8世紀)、国宝

東大寺の敷地の北西端に位置する門で、法華堂と並ぶ、数少ない東大寺創建当時からの建築の遺例。

転害門
転害門

16. 東大寺金堂鎮壇具

奈良時代(8世紀)、国宝

東大寺大仏殿の床下に埋められていた装飾品や工芸品一式。明治期の大仏殿屋根の修理(1907年〜08年)の際に発掘された。永らく創建の際に埋められた鎮壇具であると考えられてきたが、近年の調査の結果、聖武天皇の逝去後に供養等の目的で埋葬されたものである可能性が指摘されている。
代表的な作品は、金銀荘大刀、瑞花六花鏡、銀製鍍金狩猟文小壷、銀製鍍金蟬形鏁子等。東大寺ミュージアムで展示。

銀製鍍金狩猟文小壺
銀製鍍金狩猟文小壺

17. 俊乗上人坐像(重源像)

鎌倉時代(1206年頃)、国宝

鎌倉期、南都焼討後の東大寺の再建事業を担った僧重源の坐像。大仏殿東側山麓の俊乗堂という小さな堂宇に安置されており、運慶あるいは快慶作と推定される。通常非公開で、毎年7月5日、12月16日のみ特別公開される。

俊乗上人坐像
俊乗上人坐像

18. 僧形八幡神坐像

鎌倉時代(1201年)、国宝

元は、東大寺敷地東部に位置する神社 手向山八幡宮に安置されていた快慶作の神像で、明治初期の神仏分離の際に東大寺に移された。大仏殿西側敷地の勧進所に安置されている。通常非公開で、毎年10月5日のみ特別公開される。


[参考]
浅井和春『日本美術全集 第3巻 奈良時代Ⅱ 東大寺・正倉院と興福寺』小学館、2013年
山本勉『日本美術全集 第7巻 鎌倉・南北朝時代Ⅰ 運慶・快慶と中世寺院』小学館、2013年

マレーシア旅行に行ってきました

先週末、マレーシア旅行に行ってきました。

首都のクアラルンプールと、クアラルンプールから南にバスで2時間程度の世界遺産の街マラッカを訪れました。

旅行の印象が薄くならないうちに、以下メモ書き的に、訪れた場所、感想等を残しておきたいと思います。

※早く書き残すことを優先したため、調査の裏付けがなく感想レベルの内容や、細かな事実関係で間違っている部分等が含まれているかもしれませんがご容赦下さい

クアラルンプール

国立博物館

クアラルンプールの中心駅 KLセントラル駅の裏手の丘(公園地帯)にある博物館。マレーシアで最も古い。

展示内容は、人骨、土器など先史時代の発掘物から、マレーシアの独立、建国の歴史の紹介までに及ぶが、「国立博物館」という名前から想像する程には、質量ともに見どころがそれほど多い訳ではなかった。

国立博物館 (マレーシア)
国立博物館 (マレーシア)

マレーシア・イスラム美術館

同じくKLセントラル駅の裏手の公園地帯にある美術館。
建築、カリグラフィー、細密画、金工、テキスタイル、工芸などのイスラム美術が展示されている。

マレーシア・イスラム美術館
マレーシア・イスラム美術館

展示品の詳細は、
建築: 世界各地のイスラム建築の紹介パネル・模型
カリグラフィー、細密画: コーランの経典・写本、細密画
金工: 金皿、金鉢、燭台(大きなサイズ)、香炉、水瓶、水差しなど
テキスタイル: じゅうたん、衣服、織物、家具
武器工芸: 銃、刀剣、兜、鎧、盾

[感想]

イスラム建築は、地域別に、塔の数や位置、ドームの数や大きさ、配置、回廊の形態など、様式が異なっているのが興味深い。

カリグラフィー(書)の文化は、中国圏だけに特有かと思っていたがイスラム圏にもあった。コーランの写経本の書体のオリジナリティや装飾性は、東アジアの装飾経典等にも通じるものがある。

日本の江戸時代等もそうだが、武器工芸の種類や数が多い。

金工は東アジアや西洋の同時代のものと比較して質が高い。テキスタイル、カリグラフィー、細密画等も優れたものが多い。陶磁器は同時期の中国などのものと比べ質が劣る。

クアラルンプール駅

外観のみ見学

クアラルンプール駅
クアラルンプール駅

KTMビル

外観のみ見学

KTMビル
KTMビル

国立モスク

外観のみ見学

国立モスク
国立モスク

国立織物博物館

独立広場(ムルデカ・スクエア)にある植民地時代の建築を利用した博物館。

国立織物博物館
国立織物博物館

スルタン・アブドゥル・サマド・ビル

独立広場(ムルデカ・スクエア)にある植民地時代の建築。

スルタン・アブドゥル・サマド・ビル
スルタン・アブドゥル・サマド・ビル

マスジット・ジャメ

市中心部にある古いモスク。外観のみ見学

マスジット・ジャメ
マスジット・ジャメ

ペトロナスツインタワー

マレーシアを代表する高層建築。
クアラルンプールには、この建物を含めイスラムのモチーフを利用した近代建築が多く、興味深かった。

ペトロナス・ツイン・タワー
ペトロナス・ツイン・タワー

1号棟を日本企業が、2号棟を韓国企業が建てた。

登上チケットで、スカイウォーク(2つの塔を結ぶ橋の部分)の部分と、2号棟の最上階に行ける(ツアー方式で、それぞれの箇所で時間制限あり)。

夜景は綺麗だが、クアラルンプール自体それほど夜の照明のある建物が多くなく、むしろペトロナスツインタワー自体の外景が一番印象に残った。

高い塔(建物)を建てたいという欲求は、イスラム世界で特に強く表出している欲求ではないだろうか。事実、クアラルンプールには、他にも超高層建築が多かった。他にもドバイのブルジュ・ハリファの例等

マレーシア国立視覚芸術ギャラリー(国立美術館)

市の北部郊外にある近現代美術の美術館。マレーシアの近代美術を展示内容している。
イベント開催中で、一部の展示室しか見られなかった。

マレーシア国立視覚芸術ギャラリー
マレーシア国立視覚芸術ギャラリー

近代美術ではシュルレアリスティックな形態の絵画が多かった。
生命力溢れる有機的形態、幻想的なイメージは日本だとわざとらしくなりがちだが、マレーシアだと土地本来の熱帯の美意識、自然の色彩・生命力等と共鳴していて、自然に感じた。

周囲は自動車の多く走る大規模道路に囲まれている。

チャイナタウン

ガイドブックを参考にワンタン麺、豆腐水などを食べる
ワンタン麺が特に美味しかった

冠記 (ワンタン麺の店)
冠記 (ワンタン麺の店)

ショッピングモール

市内各所(KLセントラル駅、ブキッ・ビンタン、KLCC 等)に巨大ショッピングモールがある

NU Sentral (KLセントラル直結のショッピングモール)
NU Sentral (KLセントラル直結のショッピングモール)

グローバルブランド(マクドナルド、スターバックス、H&M…)が多数入っている。

クーラーが効いていて快適

中国、タイ、ベトナム等、今まで行ったことのあるアジアの新興国の都市はどこも軒並み似たような形式の巨大ショッピングモールがあり、都市住民の消費環境が画一化しつつある印象。

マラッカ

植民地時代の建築、博物館、チャイナタウン等を観光した。

マラッカは、中世にマラッカ王国として東南アジアの交易の中心地となった後、ポルトガル、オランダ、イギリスによって順に植民地として領有され、アジア貿易の中継拠点となった。

マラッカ王国時代のものはないが、ポルトガル領時代以後の各時代の様々な建築様式の建物が残っており、興味深い。

特に中心部のオランダ広場周辺にある赤で塗られた建築群は印象的だった

ムラカ・キリスト教会

オランダ広場にある教会。オランダ時代の建築

ムラカ・キリスト教会
ムラカ・キリスト教会

スタダイス

オランダ広場にある建物。オランダ時代の建築

スタダイス
スタダイス

マレーシア建築博物館

植民地時代の建築を利用した博物館。マレーシア建築についてパネル、模型等で紹介
(写真なし)

サンチアゴ砦

砦跡。

サンチアゴ砦
サンチアゴ砦

マラッカ・スルタン・パレス

マラッカ王国時代の宮殿を再現した博物館。
マレー様式の建築が興味深かった。
館内では、王の居室や、マラッカ王国を訪れたアジア各地の使者の様子の再現の他、王国時代の若干の遺品が展示されていた。

マラッカ・スルタン・パレス
マラッカ・スルタン・パレス

セント・ポール教会

オランダ広場裏手の丘の頂上にある廃教会。丘上からの眺めもよい

セント・ポール教会
セント・ポール教会

マラッカ川

マラッカ中心部を流れる川

マラッカ川
マラッカ川

砲台跡

マラッカ川に向けられた砲台跡。最近復元されたもの

砲台跡
砲台跡

水車

川沿いに復元された水車

水車
水車

青雲亭(チェン・フン・テン)

マラッカの中華街(チャイナタウン)にある小規模な仏教寺院。
中国本土、台湾などでもこの種の寺院建築はよく見られる

青雲亭(チェン・フン・テン)
青雲亭(チェン・フン・テン)

法隆寺の見どころ 12選

奈良盆地の中西部、斑鳩町の小高い山地の麓に位置する法隆寺は、奈良を代表する寺院の一つで、飛鳥美術を筆頭とする仏教美術の宝庫です。

法隆寺の数多い建築、仏像、美術品の中から、特に見どころと思われる12件をまとめました。

1. 中門

7世紀末〜8世紀前半(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 中門
法隆寺 中門

法隆寺の一番中心的な伽藍、西院伽藍の入口正面に位置する門で、法隆寺に全4件(日本全体で全5件、他1件は法起寺三重塔)残っている貴重な飛鳥建築の1件。

門の前面左右には、金剛力士像(711年、重文)が設置されている。

2. 回廊

7世紀末〜8世紀初め(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 回廊
法隆寺 回廊

西院伽藍を取り囲む廊下で、法隆寺に残る飛鳥建築の1件。

3. 五重塔

7世紀末〜8世紀初め(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 五重塔
法隆寺 五重塔

金堂と並んで世界最古の木造建築の1棟で、法隆寺を代表する建築。

堂内には塑造(粘土作り)の小像群(塔本塑像、711年(奈良時代)、国宝)が設置されている。

4. 金堂

7世紀前半(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 金堂
法隆寺 金堂

五重塔と並んで世界最古の木造建築の1棟で、法隆寺を代表する建築。

堂内には釈迦三尊像、四天王立像等、飛鳥仏の傑作が安置されている。

5. 金堂 釈迦三尊像

623年(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 釈迦三尊像
法隆寺 釈迦三尊像

金堂の本尊となっている三尊像で、中央の釈迦如来像と両脇の菩薩像2体で構成される。
止利仏師の作で、飛鳥仏の傑作のひとつ。

6. 金堂 四天王立像

7世紀中頃(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 四天王像 増長天
法隆寺 四天王像 増長天

金堂内陣の四隅に設置されている四天王像。

奈良時代以降の異形の容貌の四天王像(東大寺戒壇院の四天王像 等)と違い人間らしい容姿をしており、各像の顔や服装は中国風に見える。

7. 百済観音(観音菩薩立像)

7世紀中頃(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 百済観音
法隆寺 百済観音

法隆寺を代表する仏像の1体で、飛鳥仏の傑作のひとつ。
細身の体躯と、胴体、腕、手、指、衣紋等の流れるような優美な曲線が特徴的。

元は金堂に設置されていたが、現在は常設の宝物展示館(大宝蔵院)で展示されている。

8. 夢違観音(観音菩薩立像)

7世紀末〜8世紀初め(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 夢違観音
法隆寺 夢違観音

あどけない表情と豊かな身体が特徴的な仏像で、白鳳仏の秀作のひとつ。
大宝蔵院で展示。

9. 玉虫厨子

7世紀(飛鳥時代)、国宝

玉虫厨子
玉虫厨子

飛鳥時代の工芸作品で、側面に描かれている絵画は同時代の絵画の希少な作例となっている。
大宝蔵院で展示。

10. 伝橘夫人念持仏(阿弥陀三尊像)

7世紀末〜8世紀初め(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 橘夫人念持仏
法隆寺 橘夫人念持仏

厨子に入った金銅製の小さな三尊像で、白鳳仏の秀作のひとつ。
大宝蔵院で展示。

11. 夢殿

739年(奈良時代)、国宝

法隆寺 夢殿
法隆寺 夢殿

奈良時代に建造された東院伽藍の中心にある建物。
堂内には救世観音(観音菩薩立像)が本尊として安置されている。

12. 救世観音(観音菩薩立像)

7世紀前半(飛鳥時代)、国宝

法隆寺 救世観音
法隆寺 救世観音

夢殿の本尊で、飛鳥仏の傑作のひとつ。
近代まで秘仏として密閉されていたため、保存状態が良く金箔が多く残っている。

現在も普段は非公開で、毎年春(4/11 – 5/18)と秋(10/22-11/23)にのみ特別公開される。

[参考文献]
長岡龍作 『日本美術全集 第2巻 飛鳥・奈良時代Ⅰ 法隆寺と奈良の寺院』小学館、2012年

府中市美術館で「東京・ソウル・台北・長春-官展にみる-それぞれの近代美術」展が開幕

今週から、府中市美術館で、20世紀前半に国主催の公募展(官展)に出品された、当時の日本施政下の東アジアの近代美術を扱う「東京・ソウル・台北・長春-官展にみる-それぞれの近代美術」(5/14 – 6/8)が始まるようです。

市制施行60周年記念 東京・ソウル・台北・長春-官展にみる-それぞれの近代美術 – 府中市美術館

東アジアを舞台に描かれた藤島武二、安井曾太郎等の日本人画家の近代絵画の他、韓国の国立現代美術館、サムスン美術館、台湾の国立台湾美術館、台北市立美術館等から、朝鮮や台湾の画家の近代絵画が出品されるようです。

日本、朝鮮、台湾等の同時期(戦前)の近代美術を並べて鑑賞できる機会は珍しく、また東アジアの近代絵画は個人的に興味のある分野の一つでもあるので、ぜひ見に行きたいと思っています。

東京都美術館の今年度の展覧会予定が判明

新年度になり、東京都美術館の今後1年間の展覧会予定が公開されていました。

展覧会 – 東京都美術館

東京都美術館では現在バルテュス展(2014/4/19-6/22)が開催中ですが、その後、7月中旬からは、ニューヨーク メトロポリタン美術館のエジプト美術コレクションから約200点が出品されるメトロポリタン美術館 古代エジプト展(7/19-9/23)が開かれるようです。

また、10月からはボッティチェリの作品が出品されるウフィツィ美術館展」(10/11-12/14)が、2015年1月からは新印象派展(2015/1/24-3/29)が開催されるようです。

どれも良さそうな展覧会ですが、ボッティチェリの作品が複数出品される(参考 PDF)ウフィツィ美術館展は特に見てみたい気がします。

[ギャラリー] 2013年11月 奈良旅行 2

2日目:
室生寺→長谷寺→聖林寺→安倍文殊院

事前予約が必要な京都の宮殿、寺院、庭園など

京都には時期を決めて境内や美術作品の特別公開を行っている寺院、神社等の他に、通常は非公開で見学には事前申し込みが必要な観光地がいくつかあります。

事前予約が必要な京都の観光地 – Naver まとめ

このうち、京都御所桂離宮修学院離宮苔寺(西芳寺)などは特に代表的です。

宮内庁管理の京都御所、桂離宮、修学院離宮は、ハガキ、窓口(宮内庁の京都事務所)、ネットで申し込みができるようですが、遠方から申し込みが可能で一番確実に予約が取れるのはハガキでの申し込みのようです。 (参考

また、京都御所は、春と秋に各5日程度一般公開もされます。

苔寺の見学申し込みは同寺あてのハガキで受け付けていて、コースには写経等も含まれているようです。

ブログのデザイン(テーマ)をWordPressの最新版デフォルトテーマに変更しました

先日、このブログのデザイン(テーマ)を、WordPressの2014年版デフォルトテーマ(Twenty Fourteen)に変更しました。

新テーマ Twenty Fourteen – WordPress.com
Twenty Fourteen デモサイト

WordPressのデフォルトテーマは、毎年その年の名前が付いたテーマ(2012年はTwenty Twelve、2013年はTwenty Thirteen 等)として発表されており、Twenty Fourteenはその今年版となります。

Twenty Fourteenは、WordPressのASP版(レンタルブログ版)のWordPress.comや、WordPressの各種便利プラグイン等の作成、運営を行っている米Automattic社に所属する、日本人デザイナーの方(入江隆さん)が制作されたようです。

完全なレスポンシブデザインになっており、PC、タブレット、スマホのどれで開いても、見やすく、操作しやすいUIです。

また、日本人デザイナーの方によるデザインだからか、WordPressの今までのデフォルトテーマと違って、日本語でもフォントが変な種類やサイズになったりせず、文字が読みやすいのも良いです。

中国では千単位の新しい美術館が造られている。しかし…

中国では千単位の新しい美術館(博物館)が造られているが、その中身をどうやって満たすのかというThe Economistの記事(2013年12月)を読みました。

Mad About Museums – China is building thousands of new museums, but how will it fill them?

中国各地で新しい美術館が鳴り物入りで開館するものの、その後コレクションもキュレーターも整わず、運営が継続的に行われない美術館も多いという主旨の記事です。

以下、適宜コメントを加えながら、内容の一部を抜粋・翻訳します。

・北京の五環路の外の、つい最近都市化された地区にある紅磚当代美術館(The Red Brick Contemporary Art Museum)は、1年余り前に完成した美術館で、新しく、7つの展示室を備えているが、現在入口近くの小さな一角以外は全く何も展示されていない。

→新しく開館した美術館が十分に活用・運営されていない事例。なお、紅磚当代美術館(日本語では「赤レンガ現代美術館」というような意味)という美術館は、北京の東北部の、韓国系ギャラリーが集まる望京地区等よりもさらに外側の元農村地域に開館した美術館のようです。(参考

・北京、上海だけでなく第2級、第3級の都市も含めた中国の各都市で、毎日のように美術館が生まれているが、その多くは未だにコレクションも学芸員も有していない。

→新設される美術館の多くがコレクションも学芸員も(!)持っていないというのは驚きです。

・1949年の中華人民共和国建国当時、中国には25の美術館しかなかった。1978年の鄧小平の改革開放政策以後、美術館の建設ブームが起こった。

・現行の五カ年計画(注: 第十二次五カ年計画、2011-2015年)では、中国では2015年までに3500館の美術館ができることになっているが、実際は2012年に計画は3年前倒しで達成された。2012年には451館の新しい美術館が開館し、同年末の時点で美術館の合計数は3866館となった。

→2012年だけで450館も開館と、近年急速に美術館の数が増えているようです。中国の13億という膨大な人口と単純に比較すると、4000弱という数自体は決して多すぎるとは思いませんが、美術館に行くような裕福な生活を送っている人が都市部のごく一部であることを考えると、現時点ではやはり過剰な数かもしれません。

・対して、アメリカで2008年の金融危機以前の10年間に建てられた美術館は年わずか20から40館だった。

→アメリカでも年に20から40館程度美術館が新設されているというのは、意外に多い印象です。

・公共美術館は、伝統的には中国文化の重要な要素ではなかった。(皇室の美術コレクションは宮殿に所蔵され、ごく一部の選ばれた人間しか見られなかった)

・中国の役人はそれを変え、ニューヨーク、パリ、ロンドン等の世界の大都市のように、中国も著名な美術館を持つべきだと考えている。また、古代文化を地元民にも外国人にも同じく見せびらかしたいと思っている。

→古代美術の展示に関して言えば、現在紫禁城内の古い宮殿を展示室として使っている故宮博物院に、大英博物館やルーブル美術館に匹敵する5万㎡規模の展示室を持つ新館(分院)を郊外に建築する計画が進んでいるというニュースが昨年ありました。(参考

・2009年に中国国務院は、文化を戦略産業の水準に格上げした。長期的に、文化は、GDPの5%を構成する「柱産業」となるべきとされている。美術館もその政策の一部である。

→近年中国各地で創意区(文化・芸術産業の育成地区のようなもの)が多く誕生していますが、その中にも政府や行政の政策・支援に基づくものは多いようです。(上海の創意地区に関する参考論文(PDF))

・北京では、政府がオリンピック公園の一部を、3つの新美術館と劇場、新しい国立図書館を備えた文化拠点にしようと計画している。

・また、北京市北東部の798芸術区に近い地区には、新しい中国美術館(National Art Museum of China, NAMOC)が建設される予定である。新しい中国美術館は、フランス人建築家のジャン・ヌーベルによって設計され、市中心部にある現行の中国美術館(1958年建設、8300㎡、5階建)の6倍の規模になる予定である。

→中国美術館は、中国の近現代美術を展示している美術館です。(日本で言うなら、東京国立近代美術館等に似たような役割・イメージでしょうか)

・公共美術館の建設ブームだけでなく、富裕なコレクターによる私立美術館の建築も続いている。

・コレクションの収集、運営等に成功している少ない私設美術館には、北京のユーレンス現代美術センター(Ullens Center for Contemporary Art, UCCA)、上海の震旦博物館(Aurora Museum、安藤忠雄建築)、上海外灘美術館(Rockbund Art Museum)がある。

→ユーレンス現代美術センターは、2007年、北京の798芸術区にベルギー人コレクターのユーレンス夫妻によって開設された美術館で、798芸術区の中心的なギャラリーの一つとなっています。
震旦博物館は、台湾系の震旦集団という企業によって2012年に作られた美術館で、中国の古代美術を展示しているようです。また、上海外灘美術館は外灘(バンド)地区の一角の再開発プロジェクトの一環として2010年に開設された美術館で現代美術を展示しているようです。

・2012年の上海ビエンナーレの際に開館し、アーティスト邱志杰のキュレーションによる展示が行われた上海当代芸術博物館(Power Station of Art)は、その展示の終了後活力を失った。取るに足る常設コレクションを持たず、常勤のキュレーターを雇うのに苦労している。

→上海当代芸術博物館は、2010年の万博時に発電所を改装して作った展示館を、万博終了後に美術館として開館させたもののようです。かなり大規模な美術館のようですが、常勤のキュレーターを雇うのに苦労しているというのは本当でしょうか・・?

・上海では近々2つの大規模美術館が開館する予定である。ひとつは上海の”スーパーコレクター” 劉益謙、王薇夫妻による美術館で、もうひとつはイタリア人アーティスト マウリツィオ・カテランの作品収集で知られる、中国系インドネシア人のコレクターBudi Tek氏の美術館である。両館とも鳴り物入りで開館するが、自身の役割を長期的に見出していくのは難しいかもしれない。

→前者は龍美術館、後者は余徳耀美術館(Yuz museum、追加参考リンク)として既に開館しているようです。
2010年頃は上海には現代美術の美術館はまだ片手に収まる位(上海当代芸術館上海多倫現代美術館上海ヒマラヤ美術館(旧上海証大美術館))等)しかなったように思いますが、ここ3~4年新しい美術館の開館が続いているようです。

・(美術館運営の)頭痛の種の一つは当局への対処で、中国の文化政策がほとんど明文化されていないだけでなく、たとえ短期であっても外国から美術品を持ってくるのに高額の証書を提出するか、輸入許可を取らなくてはいけなかったりする。

・歴史や政治に関する敏感さも見積もりが難しくなりがちである。例えば、文化大革命に関する展示は、公共美術館よりも私設美術館で、また北京よりも北京から遠い場所で許可されやすい傾向がある。(文化大革命に関する展示は)共に南の成都で1件、スワトウ(広東省)で1件あった。

→約40年前の文化大革命に関して、未だに2件程度しか展示が行われていないというのは驚きです。

・現代美術では、中国人アーティストはアイロニーや多義的な解釈を利用して、役人の我慢度を試している。

・(展示が許可されるものとされないものの)境界はあいまいだが、多くのアーティストはどこまでその境界を押してよいか分かっている。上海のギャラリーOCT当代芸術中心(OCT Contemporary Art Terminal, OCAT)のディレクター張培莉(チャン・ペイリー)は、「法輪功、ダライ・ラマ、天安門事件に関する展示、国家指導者を侮辱するあらゆるもの、局部を見せるあらゆるアート」という禁止項目リストを提示してくれた。

→政治上の理由で、展示内容、作品のテーマ等に関して中国では未だに表現の制約が多いことが伺えます。