北京旅行の記録 4 ― 明十三陵 定陵

3日目 つづき

明十三陵 定陵

万里の長城を見学した後、ツアーバスで明十三陵の定陵(世界遺産)へ。

定陵は、明の14代皇帝万暦帝の陵墓です。

定陵の入り口。
明十三陵 定陵 入口

柱上の円柱状の部分に、明時代の装飾が残る階段。
明十三陵 定陵 階段

さらに進んだ階段に残る、竜と鳳凰?の装飾石板。
明十三陵 定陵 階段の装飾

定陵の遠景。
石垣上の大きな建物は明楼(めいろう)と呼ばれる楼閣で、定陵で一番大きな建物です。
明十三陵 定陵 明楼

地下の墓室(地下宮殿)へ。
明十三陵 定陵 地下宮殿

万暦帝の生前の玉座を模して造られたという宝座。
明十三陵 定陵 地下宮殿の万暦帝宝座

万暦帝と皇后の棺(複製品)が置かれている後殿と呼ばれる部屋。
明十三陵 定陵 地下宮殿 後殿

中央の大きな棺は万暦帝の棺で、手前の小さな箱は副葬品を収めていた箱です。
明十三陵 定陵 地下宮殿 後殿

地上へ戻り、明楼の裏側へ。
明十三陵 定陵 明楼

明楼内の石碑。
明十三陵 定陵 明楼内の石碑

定陵の一帯には明代の皇帝の陵墓が13ヶ所あり、合わせて明十三陵と呼ばれていますが、そのうち観光客に公開されているのは、この定陵の他、長陵と昭陵という陵の計3ヶ所だけのようです。

今回は時間の都合で他の陵は見学できませんでしたが、定陵の地上の建築、地下の墓室の造り等は観覧していて興味深かったので、機会があればぜひ他の陵墓も見学してみたいと思いました。

北京旅行の記録 3 ― 万里の長城

3日目

3日目は、現地ツアーを利用して万里の長城と明の定陵を見学しました。

万里の長城

万里の長城(世界遺産)は、秦代から明代にかけて北方民族の侵入に備えて築かれた城壁で、そのうち現存している遺構の多くは明代に建造されたものです。

ツアーバスに1時間半ほど乗り、八達嶺長城(はったつれいちょうじょう)へ。
八達嶺長城は、北京市内の万里の長城の中で一番有名で、観光客の多い長城です。

八達嶺長城の北東側の長城。
この長城の部分を左下から右中部にかけて登りました。
万里の長城 八達嶺

長城の上に登った様子。
万里の長城 八達嶺

奥の山まで長城が続いている光景が望めます。
万里の長城 八達嶺

北東側の長城の中腹部から、南西側の長城を眺めた様子。万里の長城 八達嶺

八達嶺長城では、1時間ほど滞在し長城の中腹に登っただけでしたが、万里の長城の一部を実際に見て、そこに登れたという満足感を得られました。

北京市内では、他にも慕田峪長城司馬台長城等、万里の長城の別の一部を見られる箇所もあるようなので、機会があれば別の長城にも訪れてみたいと思いました。

北京旅行の記録 2 ― 円明園

2日目 つづき

円明園

頤和園に続いて、円明園(世界遺産)へ。

円明園は清代に造られた西洋風離宮ですが、清末期に戦争で破壊され、現在は一部の建物の廃墟だけが残されています。

地下鉄4号線の円明園駅で降り、南門から入園。
円明園 南門

庭園内に残る、石橋の廃墟。
円明園 残橋

庭園内の池。
円明園 池

上記の橋等を除くと目立った建造物が少ない庭園を15~20分ほど奥に歩くと、宮殿の廃墟が固まって残っている区域(西洋楼遺址区、せいようろういしく)に着きます。

以下、西洋楼遺址区の廃墟です。

この廃墟は、元は諧奇趣(かいきしゅ)と呼ばれる建物で、西洋式の泉を囲む3階建ての建築だったようです。
円明園 諧奇趣

元は方外観(ほうがいかん)と呼ばれた2階建ての宮殿の、残された柱部。
円明園 方外観

海晏堂(かいあんどう)と呼ばれる、円明園で最大の遺構。
元は2階建ての宮殿だったようです。
円明園 海晏堂

海晏堂内の、貯水施設の基台。貯水施設は、周囲の噴水に水を供給していたようです。
円明園 海晏堂 蓄水池台基

大水法(だいすいほう)と呼ばれる噴水群の廃墟。
円明園 大水法

黄花陣(おうかじん)と呼ばれる建造物。迷路状の通路を歩くと中央の楼閣に着けます。
円明園 黄花陣

近くから見た黄花陣の楼閣。
円明園 黄花陣

円明園の敷地は広大ですが、建造物や庭園が元のまま残っている箇所はなく、上に載せたような、西洋楼遺址区に残った10区画前後の廃墟群が一番の見どころでした。

2014年春、キトラ古墳の壁画が東京で公開される

来年春、奈良のキトラ古墳の壁画の一部が、東京国立博物館で展示されるとのことです。

東京国立博物館 本館

奈良県明日香村のキトラ古墳(特別史跡、7世紀末~8世紀初め)の極彩色壁画が来春、東京・上野の東京国立博物館で特別公開される。「飛鳥美人」で知られる同村の高松塚古墳(同)と並ぶ本格的な極彩色壁画が、村外で公開されるのは初めて。石室からはぎ取られた壁画は同村で修理中だが、完了後は移動が難しいため、村外での公開は最初で最後の機会となりそうだ。 ―朝日新聞デジタル

キトラ古墳の壁画は、キトラ古墳の1km余り北にある高松塚古墳の壁画と並んで飛鳥時代の古墳壁画の重要な作例で、2004年から保存・修復作業が行われています。

キトラ古墳の壁画は、今まで現地で何度か公開が行われたことがありましたが、東京で展示されるのは上記の通り今回限りとなりそうなので、現地での公開が待てない人にとっては、来春の展示は貴重な鑑賞の機会となりそうです。

なお、壁画は2016年をめどに修復、展示設備の建設が完了し、現地で恒久展示される予定とのことです。

参考
キトラ古墳壁画 東京国立博物館で特別公開 ― 東京国立博物館 プレスリリース